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最終更新日2019/11/22

海外転職の先にある、 キャリアと生き方(6回目) 大角 佳代さん




20代で可能性に満ち溢れたインドへ。
現地での生活を通じて肌で感じた働き方と異文化を発信しながら
独自のキャリアを開拓し続ける。


大角 佳代 Osumi Kayo
株式会社メルカリ Engineering Gateway Team


<プロフィール>
北海道函館出身。北海道大学医学部保健学科卒業後、都内の区役所で保健師を2年勤め、出版社に転職。その後、教育ベンチャーで働き、2016年にインドへ渡航。人材会社で法人営業として活躍する傍ら、インドのありのままの暮らしや仕事の様子を発信するブログをスタートし、話題に。2018年より東京に拠点を移し、現在は株式会社メルカリで外国籍新卒エンジニアのオンボーディングを中心に、異文化研修などのグローバル化施策に従事。







公務員の仕事しか知らなかった学生時代を経て
企業のスタートアップを経験。


   私が初めて海外に興味を持ったのは、中学生の時でした。当時生徒会長をやっていて、学校にいけない東南アジアの子供たちのために、書き損じハガキを集めて奨学金にする活動をしていたんです。日本は先進国ですが、東南アジアのいくつかの国では、ごはんが満足に食べられなかったり、学校に行けない子供が多いことを知り、大人になったらそういった問題を解決できる人になりたいと思いました。 手に職を持つように親に勧められ、大学在学中に看護師の資格を取得。卒業後は東京の区役所に就職しました。当時は保健師として3年ほど実務経験を積み、青年海外協力隊で医療ボランティアに応募しようと、自分なりのキャリアプランを立てていました。

   もともと、親が消防士だったこともあり、世の中の仕事は「公務員」と「その他」という認識で、世の中を全然知らずにいました。しかし実際に社会に出て働くと、いろんな仕事があることを知りました。その中で、自分が今まで目指していた「ボランティアでの貢献」より、利益を生み出すことができる企業の仕組みに可能性を感じるようになっていったんです。ビジネスを通して経済を回す方が継続性もあり、本当の意味での社会問題の解決につながるのではと思うようになりました。

   そこで保健師の仕事を2年で辞めて、出版社と教育系のベンチャー企業の2社を経験しました。出版社では、ビジネス書のコンサルティングや企画のブラッシュアップなどを担当。さまざまな著名な方と会う中で、いろいろな業界の知識を蓄えていく時期でした。教育系ベンチャーでは採用、営業、広報や校舎運営など幅広くやらせていただき、小さい組織ながらもマネージメントも経験できて、とても充実していました。その中でも、元々目指していた海外のフィールドを経験するという目標を達成したく、本格的に海外で働くことを考え始めました。



人と違う経験をするなら若いうちに。
可能性が広がるインドへ


   海外で働くにはさまざまな方法がありますが、私の場合、公務員からベンチャー企業を経験して、今から大企業の駐在員という道は選択肢として考えられませんでした。海外に行き、自分のキャリアを築くこと。そのどちらも叶えるため「現地採用」の仕事を探しました。現地採用の給与は「現地の基準」で決まるので、日系企業に比べて待遇が低いこともありますが「自分のした仕事に対価をもらう」という形は守りたかったので、ボランティアではなく「就業」という形を選びました。自分がきちんと成果を出せば、その分報酬の交渉もできるのが、仕事のいいところだと思います。

   海外で働く際は、国選びも重要と考えました。ビジネスは、成長市場に参画したほうが結果が出やすいからです。国を探すにあたっての条件は「英語が公用語」であり「これから経済成長が見込まれる国」そして「多民族でダイバーシティを尊重している国」を選ぼうと考えました。当初、候補だったのは、インドとシンガポールです。どちらも魅力のある国ですが、インドは国としてのポテンシャルに満ち溢れています。また、日本人労働者が少ないところに行ったほうが、役割を与えられやすく、それだけで幅広い経験ができるので、そういった選択の方法は大切かなと思いました。帰国してからのキャリアを考えても、インドの方がインパクトがありますしね(笑)。

   インドという国に対する不安はないの?と多くの人に聞かれましたが、世界がこれだけ注目している市場をもっと客観的に見る必要があると私は考えていました。また、26歳という年齢で渡航したことについても「タイミングはどうだったのか」と聞かれることもあります。確かに女性は、出産にリミットがあるため、キャリアプランとライフプランを同時に考えなくてはいけません。「海外に行くのは結婚・出産した後でもいいんじゃない?」という意見もありましたが、保健師をやっていた経験上、私は独り身で自由なうちにやりたいことは経験しておこうと考えておくタイプでした。子どもがいると、予想外のことが頻繁に起こることも仕事の経験上知っていました。なかには家庭や育児と両立させながら仕事をバリバリこなせる人もいますが、私はそんなキャリアウーマンタイプではありません。なにか新しいことに挑戦するのなら、早く動くことに越したことはないと思うタイプです。今の自分が、人生の中で一番若いからです。

   インドで働こうと決断してからは現地採用の案件を扱うエージェント数社に登録。すべての案件を出してもらい、自分で比較検討しました。その時に大事にしていたのは「絶対に人任せにしない」こと。自分の人生の責任を取らないといけないのは自分自身ですから、いい面も悪い面も客観的に分析しながら検討していました。



インドで働く魅力を発信したブログが大きな話題に。


   こうしてインドに渡航し、現地で立ち上がったばかりの人材紹介会社で働くことになりました。当時メンバーは社長と私だけ。1人目の社員として参画し、法人営業として日系企業を回って求人をもらったり、企業のホームページのコンテンツを作ったりしていました。

   仕事と並行してはじめたのがブログです。インドで働く魅力を伝えることで、日本からインドを目指す人たちが増えたらという思いがありました。これまで出版社、教育ベンチャーでの経験から「ネットのコンテンツは工夫次第で予算がなくても広められる」ことを肌で感じていたので、インドでのありのままの暮らしや仕事のことなどを毎日書き始めました。

   ブログは自分が思っている以上に影響力がありました。インド国内でイベントに参加するたびに「読んでいます」と声をかけてくれる人がたくさんいました。これまでインドに関するブログは、旅行記のようなものが多く、現地でのリアルな情報やビジネスの視点で書かれているものが少なかったのです。そのうちインドのサッカー選手の対談を任せてもらえたり、日系企業のオープニングイベントの取材なども担当することになり、問い合わせや新しい仕事の依頼が増えていきました。

   ブログの取材の中で、実際にインドのスラム街を訪問することもありました。インドのビジネスの成長も感じる中で、こういった社会格差を感じる部分も残っており、もし自分が役に立てることがあるなら、その状況を「発信すること」だと感じ、日々記事にまとめていました。この活動は、今後も続けていきたいと考えています。

★Kayoreena/Kayo Osumi 
インド情報を配信するブログ 『INDIA BLOG』

https://kayoreena920.com/



これまでのキャリアをもとに専門性を深めたい。
帰国、そしてメルカリとの出会い。


   実際にインドで働いていて100%良かったかと聞かれると、もちろん理想と現実の違いを感じることも多々ありました。

   例えば「英語力を伸ばしたい」と思って渡航したものの、実際仕事で使うのは日本語が多く、語学は空いた時間で勉強しないといけませんでした。現地採用と駐在の福利厚生の格差や、大気汚染や日本との距離など、指摘すれば山程悩みは出てきたと思います。

   でも、自ら意志を持ってインドに来ていた同世代のメンバーはとてもポジティブでいい仲間が多かったです。日本とは全然違うこの環境で、どうやってポジティブに過ごしていくかを考えて、日々を楽しんでいました。インド人の友人も、悩む暇も与えてくれないくらい陽気でした。人懐こくて、彼らのことは今でも大好きです。

   一度帰国しようと思ったのは28歳の頃。日本でもインドとは関わり続けようと、帰国後は日系企業のインド進出をコンサルティングする会社に勤めることになりました。ところがなんと、3ヶ月で会社が事業撤退してしまうことに。とても理想的な会社だったので、その事実を知ったときはショックでした。

   その後、再度転職活動をしたのですが、知り合いの方の勧めで、外資系の大手製薬会社を勧められ、MRとして入社しました。しかし、この選択をしたことをすぐに後悔しました。安定した環境ではありましたが、これまで経験してきた海外のキャリアは全く生かせない正反対の状況のなか、過去の自分に申し訳なく感じてしまったんです。

   約1ヶ月と短い期間で退職し、その後はグローバルに展開している企業など幅広く探していました。もう一度、インドに戻ろうかなとも考えていたとき、たまたま異業種交流会でメルカリの方と名刺交換する機会がありました。自分の経歴を話したところ「10月から、メルカリでもインド人の新卒エンジニアを30人採用する」という話題に。その話題は、インドにいたときから日本人コミュニティの中でも有名で、その会話がきっかけで面接を受けることになりました。面接ではこれまでの経験をもとに、インドと日本との労働文化の違いや、採用後に起こりやすい問題点などを伝えたところ、2018年10月、外国籍新卒エンジニアと同じタイミングで入社することが決まったのです。



異文化を理解し、コミュニケーションを推進する。
外国籍エンジニアたちの精神的な支えに。


   メルカリでは、外国籍新卒エンジニアに対する入社後のオリエンテーションやオンボーディング、チームに入るまでのサポートや異文化コミュニケーションの推進など、幅広く業務に関わらせていただいています。インドで働いた経験をもとに、どんなことがお互いのストレスになったり、どんな問題が起きやすいかは予測ができるので、そういったことが起こりにくいような施策を考えています。

   例えば皆が入社した直後からスタートした「お茶タイム(tea-break)」という時間では、カジュアルにCommunicationを取りながら、皆の仕事の様子や生活の様子を話します。引っ越し直後は、どこで家具を買うのか?とか、どうやって再配達の届けを出すのか?と話題になりました。そういった小さな生活の知恵を皆で共有したり、季節のイベントをシェアすることで、日本での生活をサポートします。

   もともとインドでは、仕事中に皆でお茶を飲むことは普通です。皆で適当な時間に集まり、チャイを飲むのです。日本では就業時間中に、わざわざ休憩を取るのはすこし引け目を感じる人もいるかもしれませんが、こういう場を設けることで、ワーキングカルチャーの違いを体感できるので、相互理解のためにはとても重要です。

   こういった「労働環境の文化」というのは他にも違いがあります。例えば「評価や給料の制度」。日本はこれまで、年功序列と終身雇用制度は根強いものでしたが、インドでは2〜3年で転職し、給与UPを交渉するスタイルが一般的です。それはインドという国が、年間数%の物価上昇が当たり前に起こるため、給与もそれ以上にUPしないといけないからです。そのため、同僚同士が現在どれだけの給与をもらっているか、情報をシェアし、正しく自分の市場価値を把握することが善とされています。「あなたはいくらもらっているの?」とオープンに自分の年収を話すという会話は、インド人同士では悪気なく起こります。日本にはそういったカルチャーはないため、同じことを日本人が聞かれたら、おそらく戸惑ってしまうと思います。そのため、こういったカルチャーの違いを知っておくことはとても大切なのです。

   海外から来たメンバーは、昔からずっと日本で働きたくて、家族全員の期待を背負い日本にやってきたメンバーもいます。中には、日本で働いた給料を貯金して、家族に送金しているメンバーもいるかもしれません。私の役割は、そういった思いを持ったメンバーが、日本で安全に生活し、一人のエンジニアとして活躍することをサポートすることです。それが今の私の大きなモチベーションになっています。

   更に将来、メルカリが更に海外での拠点を広められたら、現地の雇用を生み出してくれます。ビジネスを通じ雇用の機会が生みだされることは、私の根本の願いなので、この会社のメンバーで自分のやりたいことを実現していきたいと思っています。



未来の選択肢の一つでありたい。
後進のために書き続けるブログ。



   インドにいたときに始めたブログは、現在も続けています。昔の自分のように、海外就職に一歩踏み出したい若い人がいたら、その人を応援したいと思うからです。

   ブログの軌跡は私のキャリアそのものです。私が成功事例かどうかはわかりませんが、メルカリが今回、このような仕事を私に与えてくれたことは、大きな事例の一つだと思います。メルカリに限らず、外国籍メンバーを採用したいと考えている日本のIT企業はたくさんあります。エンジニアを日本に受け入れるためのサポートは、今後新たなキャリアとして選択肢の一つとなってくるかもしれません。意志を持って海外に飛び出した後も、日本でも活躍できる場があると知れば、今後「海外で働く」ことを積極的に選択する人たちは増えてくるはずです。

   私自身のキャリアもまだ道半ばですが、これからも目の前のことに精一杯取り組んで、変化しながら進んでいきたいと思います。



<インタビュー担当記者より>
大角さんは、インドに渡航しましたが、海外への留学経験も、インドとの接点もありませんでした。英語が使えて、外国人に寛容な多民族国家であり、何より、「帰国後のキャリアに有利に働く」ということで選択されています。「そこで何を得るのか」に加えて、「その後でどう活かせるのか」を中心に戦略的に検討してみるのも良いかもしれません。

帰国後は、彼女のバリューが最大限活かせる仕事に、自らで道を切り拓いて就いています。海外の優秀なエンジニアの日本への就職は、今後より活発化していくはず。彼女の後に続く人が出てくれば、日本の国際的な競争力が向上するだけでなく、母国にもたらすものも多いでしょう。その「雇用の循環」の大元にあるのは、彼女の海外での経験なのです。


●インタビュー・執筆担当:佐藤タカトシ
キャリアや採用に関するWebでの連載多数。2001年4月、リクルートコミュニケーションズ入社。11年間に渡り、大手自動車メーカー、大手素材メーカー、インターネット関連企業、流通・小売企業などの採用コミュニケーションを支援。2012年7月、DeNAに転職。採用チームに所属し、採用ブランディングをメインミッションとして活動。 2015年7月、core wordsを設立。



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