ベトナムで働く日本人:青葉 由夏さん

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【プロフィール】高知大学 人文学部卒業。新卒で上海天益成広告有限公司に入社し、上海の日本人向けフリーペーパーの広告営業に従事。入社7年目に同企業のベトナム拠点に異動。ベトナムの日本人向けフリーペーパー・『ベトナムスケッチ』を発行しているSketch Co., Ltd.の営業部副部長。


「上海からホーチミンへ。
未来にワクワクする場所で働く。」

青葉 由夏さん 32歳



「日本を出て、海外で働く人ってどんな人だろう?」
筆者の私は結婚がきっかけで、上海で生活することになりました。このコーナーでは、そんな海外生活初心者の私が、自分の意思で海外でのキャリアを創る方に、海外で働くきっかけ、またその魅力をお伺いします。



   ベトナムは、平均年齢30歳、労働人口が多く、年々生産力が上がっていることから『ASEANの優等生』と呼ばれています。2050年まで年平均5.4%(日本は1.4%)と大きな経済成長率が見込まれるベトナム。日系企業の進出も年々増えており、同時に日本人のベトナムへの転職熱もじわじわと上がってきています。

「海外で働きたいなら、来ればいいんじゃないですか」と、ストレートに語ってくれた青葉さん。ただし長く居続けるためには『芯』が必要だという。「私の芯となるものは成長できる環境と、おいしい食べものがあること。おいしいものがある環境だったらどんなに大変な場所でもやれる自信があります」
今回は、新卒から上海へ、現在はベトナムで働く青葉由夏さんにお話を伺います。


***


たまたま手にしたフリーペーパー。
「何だか面白そう」で上海での就職が決まる。


   初めての海外生活は3歳の時でした。上海に3年住んでいたことがあります。ただ、当時上海は発展前で何もない原っぱのようなところという記憶しかなく、特別憧れていた場所でもなんでもなかったですね。

   大学生のときに夢だった警察官の試験に落ちて、さてどうしようかと途方に暮れていました。大学院に進学してあと2年も勉強するくらいなら、海外に短期留学したいなあという軽い気持ちで、たまたま見つけた場所が中国でした。 語学留学後、上海のホテルでインターンをしていたとき、「ジャピオン」という日本人向けフリーペーパーをふと手に取ったことが始まりです。当時、B級ニュースだけを取り上げたスポーツ新聞テイストのふざけた特集を見て、何だこれはと(笑)。これを作るのって楽しいだろうなあと思い、すぐに求人広告に応募しました。 最後の社長面接で「周りからどういう風に言われる?」との質問に、「ふてぶてしいと言われます」と答えると、「いいね!」と言われ、5分で終わりました。変わった会社ですよね。

   そうして、あっさりと海外就職が始まりました。今思えば大きな決断でしたが、当時は純粋に「おもしろそう」の一心で飛び込んだので、迷いはなかったですね。最初は、言葉も、文化もわからないことばかりだったので、今よりも数百倍いろんなことを考えて働いていたように思います。当時上海は、北京オリンピックや上海万博で注目され、街はどんどん発展し、日本人の数もどんどん増えていった時期。営業担当の私が広告の企画・デザインまで担当するので、ある時は宣材写真を撮り、どうしたら顧客の売上が上がるか、魅力が伝わるかをひたすら考えて、何でも自分でやっていましたね。そんな風に顧客にがむしゃらに向き合ってきた結果,マネージャーに昇進。そんな環境にいられたことで、自分の頭で考えるクセが早くについたのは間違いないと思っています。


製造業、旅行会社、不動産内装、飲食店、美容サロン、学校、病院などさまざまなお客様とお仕事をします。



直感で「行くべきだ」と思ったベトナム異動の打診

   着実にステップアップする生活を送っていたある日のこと。社長に呼び出され、「ゆかちゃん、ベトナム行く?」と一言、何の前置きもなしに言われたんです。直感で、これは人生の転機だと思い、「行きます」と答えました。一営業としても、人やお金を管理する立場としても、もっと力をつけたいという気持ちからでした。自分にとってゼロからの場所でもっと大きな挑戦をしたいと思いました。

   ベトナムについては「コーヒーとフランスパンがおいしい」という情報だけインプットし、英語もあまり話せないままホーチミン入りをしました。現地スタッフをマネジメントする立場として赴任したので、コミュニケーションができないのは致命的なのですが…。ぐちゃぐちゃな文法の英語でも、真剣に聞いて理解しようとしてくれるのがベトナム人です。真面目で優しく、忍耐強いという印象ですね。また、ベトナム人と言えば、幸せを探すのが上手だなあと思います。街には朝っぱらから夕方までずっとお酒を飲んでいる人もいますが、自分らしく楽しく生きている姿は素敵だと思いますし、見習いたい部分ですね。


食べることが好きな青葉さんにとって、食べ物が安くておいしいベトナムは最高だそう。


今までのやり方が通用しない。
その壁を乗り越えにベトナムに来た。


   ベトナムでは、「ベトナムスケッチ」という老舗の日本人向けフリーペーパーを制作しています。ベトナムでの知名度は高いものの、競合会社はどんどん増えているので、新しいことにもチャレンジしていかなければ生き残れないと思っています。上海ジャピオンは、現在は競合も限られる、いわば確立したサービスだったのですが、ベトナムでは状況が違います。これから日本人も増えるでしょうし、経済発展と共に市場競争が激しくなると感じています。新しく参入したサービスが栄えるチャンスもあれば、時流に乗れずに廃れていくサービスも出てくるはずです。私はまだ、現地スタッフとうまく意思疎通ができなかったり、ベトナムの商習慣をわかりきっていなかったり、悔しい思いをすることもあります。でも、私はこの壁を越えにここに来たんだと自分に言い聞かせ、目の前のことに取り組んでいます。これから創り上げていくものが多いほど、壁もチャンスも多いと思っていますし、そんなベトナムを自ら選んできたわけですからね。



上海は日本の都会、ホーチミンは日本の村みたい

   お客様との関係で言うと、上海はよりビジネスライクな環境で、ベトナムはつながりを大事にするところに違いを感じます。日本でいう都会と村に近いですね。ホーチミンにいる日本人は上海の6分の1程度ですし、初対面の人でも知人の知人でつながっていたということはよくある話です。お客様に直接Facebookでメッセージを送ってアポイントを取り付けることも普通にあります。また、同じベトナムで頑張っている数少ない日本人として仲間意識を持ってくださるお客様も多いです。初めてお客様に連絡するときも、話くらいは聞くよ、というように快くお時間をつくってくれることも多くて。ご自身も苦労されている分、私たちの事業も理解し応援してくれるので、もっと売上でお返ししたいという気持ちになりますね。


お客さんとの距離が近いのもベトナムならでは。



かつての上海のように、ベトナムの未来にワクワクしている

   ベトナムは、良くも悪くもまだ手つかずで、これから発展していく国だと思っています。かつての上海もそうでしたが、今はもう完成しつつある印象ですよね。例えばお隣のタイも、日本人が生活する場所としてはすでに整備されています。だからこそ、海外生活という一見華やかに見えるものに憧れてベトナムに来ると、違和感があると思います。まだまだ、ベトナムは発展途上の国です。一方で、国の変化を感じながら、前向きなエネルギーの中で生きていけるという面白さがあります。ベトナムが今後どう変化していくのかはわかりませんが、想像するとワクワクします。何もない原っぱだったかつての上海も、世界トップレベルの経済都市へと変わりましたからね。

   私の同年代の友人には、あまりベトナムや中国に行きたいという人はいないですし、残念ながら海外生活が羨ましいなどと言われることもないです(笑)。もう少し若い、20代くらいの人の方が身軽で、本気で海外を考えられるのかもしれませんね。もし海外に出たいという人がいれば、出てみたら、という感じです。ただ、長く生活するには「芯」が必要だと思います。芯は、これだけは譲れない、という一貫した価値観のようなもの。私の場合は、「たくさん働いて、おいしいものを食べられること」です。私は成長できることと、おいしい食べ物がある環境なら、どんな国でもやれる自信があります。


サバサバとした物言いと柔らかい笑顔のギャップが素敵な青葉さん。



直感で大きな決断をしてきたという青葉さんですが、自分の芯が明確だからこそ、チャンスを逃さず素早い判断ができるのだと思います。
また、今後は「日本」「海外」のような垣根がなくなり、いくつもの国を行き来し、拠点を複数持つような流動的な働き方をする青葉さんのような方が増えていくのではないかと感じました。





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