【vol.3】

「ドラマ『上海タイフーン』は、どれだけリアル?」
上海に住む女性たちの間では、しばらくの間これが話題でした。「しょせんドラマ」「現実はもっと厳しいよ」「なにより、ピーター・ホーがいないし!」ドラマを楽しみつつも、そう言わせる理由は、彼女たちの上海ライフそれぞれに、語れるエピソードや想いがあるから。そんな話を聞きたくて、この街で働き、暮らす女性に会いました。
取材・文 / 浅香来



「希望・野望・展望なし」、それでも彼女が上海にいる理由。


 佐々木清美さん 北海道出身
 日系コンサルティング会社/コンサルタント

2010年現在、上海の日本人人口は一説には10万とも言われるが、その中で上海在住10年という人は、一体どのくらいいるのだろうか。駐在員や現地採用で働く人たちでもほぼ数年で帰国する中、華東師範大学の博士課程入学から日系コンサルティング会社で働く現在まで、佐々木清美さんの上海歴は10年を数える。数年前「下流社会」という言葉が日本で流行したが、佐々木さんの学生時代からの研究テーマは「中国の下層社会」。「階層」がないはずのここ中国で、近現代史における中国の社会階層について、そして日本人も含めた現代上海の社会階層を佐々木さんは毎日働きながら眺めている。


”中華のラーメン模様じゃない上海”に魅了されて10年目。

「最初に来たのは学生のころで1990年。日本もろくに旅行したことないのに、一人旅がいきなり海外、上海で。見る建物もいわゆる中華のラーメン模様じゃなくて、西洋建築でびっくり(笑)」
その後上海に惹かれ、北海道大学の文学部を卒業後、経済学部に再度入学。修士課程を修めた後、一度は就職したものの、研究を諦めきれずに上海へ。本場で触れる資料や文書は面白くて仕方がなかったが、博士論文をまとめきれず「ドロップアウト」。
「そもそも公費で留学させてもらえたのもラッキーで。学校のあと、人生どうしようかと思っていた32歳のときに、知り合いが社長をやっている会社に誘われて4年勤めました」
事務職として勤めた最後の1年は「はったりをかまし」て、翻訳の仕事と二足のわらじ生活。その後現在のコンサルティング会社に転職した。

上海での就職は2度とも現地採用。景気の悪い日本を脱出して“上海ドリーム”を目指して、飛び込んでくる人は後を絶たないが、昨年自らの体験も交えた現地採用のリスクを雑誌『エコノミスト』に寄稿した。
「現地採用は、福利厚生もないし、健康保険もないし、給料は駐在員にはるかに及ばない。中国語がうまくなるといっても『スキルアップ』でしかなく、それさえ、今の経済環境では『キャリアアップ』の武器にもならない。こちらに来ると、日本にいたら箸にも棒にもひっかからない企業に、日本人だからということで入れたりするけど、それは『キャリアアップ』でもないし、むしろ『キャリアロンダリング』ですよね。帰国した時に、そもそも中国での経験をキャリアとして認める企業がどれほどあるのか。日本に戻って、中国経験を活かして『キャリアアップ』できたという人はあまり聞かない。」

ではそんな状況を見切って、日本に帰ろうとは思わないのか?
「帰りたい気持ちはあるけれど、日本で働くよりストレスがないから、って割り切っています。というか、年も年だけに帰って仕事があるのかどうか(笑)。今の中国で働いて『キャリアアップ』って考えている人は向かない。流行に振り回されるような人や、スイーツ系、愛され系(笑)もやめたほうがいい。こういう人はすぐに帰国することになる。長く上海に残っている人は、ちょっと変というか、ひとくせある女性である気もしますね。」そう言ってこちらを向いて笑う佐々木さんも、もちろんその一人だ。


上海で水商売デビュー!日本人ナンバーワンホステスに?

「人と話すときにネタがないと面白くないじゃないですか。他人がつかんでないネタを売れるかもしれないし(笑)。ネタ人生ですから」
誰に言われるわけでもなく、自分からネタを探す。中国人女性の体型が「幼児体型電柱型だ」という評判を確認するため、不衛生だと言われ現地の中国人でも入浴を躊躇う公衆浴場にめがねをかけて入りに行ったり、学生時代の夏休みには“研究”という名目で己の好奇心を満たすために上海にある日本人向けクラブで水商売の現場を体験してみたという。

「一度覗いてみたかったんで。健全なお店で、日本人ナンバーワンホステスになりました! もっとも日本人は私一人だったけど(笑)」
そこでは、駐在員という肩書きはあるものの、食事も一人、週末も一人という日本人中年男性の悲哀を見たり、そこで働く中国人女性たちをみたりしていろいろと考え方が変わったという。

「おじさんたちをたぶらかしてお金まきあげてって思ってたけど、とくに外地出身の女性たちは仕事や日本語を学ぶことに真摯で、これをきっかけに自分の将来をもっといいものにしたいって思っている子が多くて。実のところ、実家が貧しくて水商売の世界に足を踏み入れたという人は少なくて、日系企業への就職、さらには日本人との結婚によって「階層上昇」を狙っているんです。実際日系企業に就職した子もいましたし、まさに『キャリアアップ』ですよね」

そんな女性たちの実情やバックグラウンドなどを観察したレポートは過去に雑誌で発表されている。華やかな成長を続ける中国で、必死に上昇を試みる人たちのその満足することない上昇志向のエネルギーに、佐々木さんは魅了されているのかもしれない。


いつかは、中国の素顔を正確に書いてみたい。

これから来てみようとする人に上海を勧めるか?と聞くと、冷静な答えが返ってきた。
「2、3年ちょっと来るだけのつもりであれば、キャリアダウンを考えて遊びにおいでって感じ。まあまあ食いつないではいけるけど、安定と天秤にかけるとどうなんだろう。健康一つとっても、日本の健康保険には入れないので、自分はいつまでも健康だ、と信じるしかない。日本の安定のある生活を投げ捨てられるのなら、上海って自分のメンタルな健康を求めてくるのにいい場所だと思うんですよね。でも自分探しはできません。探し物はみつかりません(笑)」

200平米の豪華マンションに住み、お手伝いさんに家の一切を任せる生活を享受している駐在員だって、日本に帰れば狭い2LDKの社宅住まいだってありえるのだ。いわんや現地採用をや、である。一社目は、4年間勤めても給料は100元しか上がらなかったそうで、景気のいいといわれる上海でキャリアアップ、というのは現実味が薄い話だ。

「40代に入って変わったことは、希望・野望・展望なし! 捨てました。結婚したいとか、夢があるから捨てられないとか、こうなりたいとかもうないですもん。それでも何とか私は生きている、みたいな。食べていければ最高!ですよ」と冗談めかして笑うが、ただ漫然とここにいるわけではないヒントが、現在の仕事について語った言葉に隠されていた。
「今は仕事が忙しく、調べ物に時間が割けなくてコラム程度なんですが、正確に書くことをしたい。会社の書き物は期限があってその時間内にやるしかないけれど、大学の研究論文は次の人にバトンタッチする意味もあるから、正確性を問われるんです。そういう質を高めた、もっと自分の納得いくものを書いていきたいんです」

ここには書ききれないが、硬軟合わせて上海の興味深いエピソードを聞いた。社会のパラダイムシフトが起こっているように見える中国の現実は、その実もっと複雑化しており、その激動の10年を見続けた経験と考察は他に替えがたい。それを形にするために佐々木さんは上海を離れない。そんな印象を受けた。今年、日本のGDPを抜いて世界2位になろうとしている国の知られざる素顔を、佐々木さんはどんな形で教えてくれるのだろうか。今から楽しみでならない。


ありがとうございました


■佐々木さんの上海ライフ一問一答Q&A
Q 上海のイチオシスポットはどこ?
上海駅裏ですね。中国特有のスリルとサスペンスが味わえます。
Q ストレス解消法は?
キックボクシング! 上司に誘われて始めたんですが、リングのない、だだっ広いところでの場所代25元だけで打ち合ってます。あとは、上海生活で、小さなイライラがたまることも多いんですよね。地下鉄駅で、降りたいのに先に乗ってくる人に肘でガーン!とか、不礼貌(※失礼の意味)な人には、不礼貌で返す(笑)。
Q 上海のイチオシごはんは?
ごはんじゃないけど、五原路にある「宝実 L'ecrin de Recolte」のケーキは絶品です。マリアテレサという25元のチョコレートケーキは、昨日も買って食べました。1個7元のマカロンもお勧め。
Q 上海のどこが好きですか?
旅行していると、もうやってられない!とか思うことが多い国ですけど、帰ったら帰ったでまた来たくなる。上海は、根本から心地いいというか、妙に恋しくなっちゃう場所なんです。これは私以外でもいろんな人が同意見なんですよ。


(取材・文 / 浅香来
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